1988-09-14 第113回国会 衆議院 税制問題等に関する調査特別委員会 第2号
私は今このリクルート、利に狂うともがらというのは、政治によって恒常的な収入源にしておる、秘書の問題に全部かぶせておりますけれども、そうした諸君は、後でいろいろ取り上げますが、結局、政治家と一緒になって、政治には金がかかるものだ、こういうことで、政治によって収入を得る、収入源にしておる、そういうのが今非常に目に余るわけです。だから、おたくの党の先輩の中にも、尊敬する人たちは警告を発しておる。
私は今このリクルート、利に狂うともがらというのは、政治によって恒常的な収入源にしておる、秘書の問題に全部かぶせておりますけれども、そうした諸君は、後でいろいろ取り上げますが、結局、政治家と一緒になって、政治には金がかかるものだ、こういうことで、政治によって収入を得る、収入源にしておる、そういうのが今非常に目に余るわけです。だから、おたくの党の先輩の中にも、尊敬する人たちは警告を発しておる。
だから、冒頭に総理としての一番大きな責任を持っている、こういうふうにおっしゃられたわけでございますから、私は、このことは、この疑惑を解明をする、だから、利に狂うともがらでないということを証明いたしてまいりますためには、あなた自身が、だれから青木伊平氏が譲り受けたのかというポイントのところをここで明らかにしていただきたいと思います。
そこで、リクルートというのは利に狂うともがら、リクルート、利に狂う人あるいは徒輩の徒、むしろ徒ですね。だから利に狂うともがら、こういうことになろうかと思います。だからそれをこのまま放置しておってはいけない。これは私は、もう日本の政治の根本の問題にかかわってくる、政治がどうして信頼を回復するかという大きな課題だと思います。
国民が立ち上がって、昔の国民のように無条件降伏にまで手出しができなかったようなぶざまな明治憲法を復活させるようなともがらにおいては、本当にコペルニクス的な真理、どんな弾圧を受けても屈しないだけの気迫がないのであって、真理は常に勝つのです。責任を持つ者が勝つのです。それだけの自信のないやつは政治はやるべきでない。
だから、政治というものはぎくしゃくしたお役人のしゃくし定規なやり方でなくて、お互いの心をやはりかち取るという形が大切なんで、日本の外交には心なきともがらに外交を任しておくと大変なことになるんじゃないかという憂いをやはり心ある人に抱かせるような面が少なからずあると思うんです。
ニクソンさんも、大統領選挙で無理をしなくても大統領になれるのに、権力に集まる一つのともがらというものは、とかく政治家を誤らせやすいのでありまして、田中さんのまわりにも、やはり田中さんに率直に食ってかかるような意見を吐く人をまわりに少しは集めなくちゃだめだと思います。最近、田中さんがこの顔面神経になったときに、私の侍医である松本という群大の先生で医学博士の人がすぐにそれを見ました。
これはなるほど立っておっただけでもって別に何もしなかったようでありますが、しかし、まことに異常なことでありまして、しかも、いわばむくつけきともがらが校長の周辺に立っておるということになりますと、そこにかもし出される総会の雰囲気というものはこれはまことに異常なものになってしまう。総会は正常な形でもって運営ができなかった。こういう事例があります。
——曲学阿世のともがらだとかなんだとかいって、学者を誹謗して、そしてその意見を聞かなんだような政治家もあるわけなんです。今度の場合は、やはり重要な問題ですから、学者の意見をこの規制法についても聞く用意があるかどうか。私はいろいろ資料は見せてもらったですけれども、私たちもこの委員会に専門の学者を呼んで聞いてみたいと思っております。
平家のともがらが水鳥におびえて九州の方に逃げて行ったように浮き足立っているところへ、こうこういう意向である、名古屋の産業発展の上からも、ホテル経営者に迷惑をかけている点からいっても、どうしても明けてもらわなければなりません。政府とホテル経営者との間に無協約状態が続いている。これは委員会でも問題になりました。
今や逆コース大達文政にほくそえんでいるものは反動極右のともがらだけであつて、良職ある国民はことごとく一片の信頼をも寄せていないことを私は指摘しなければなりません。(拍手)もしそれこの二つの法案が通つた場合には、常に犯罪容疑者の地位にある危険を冒さずには現実に即した教育の研究はできなくなるのであります。
なおかつ蓑田胸喜とか、何とかいう当時右翼の貴族院のともがらが、これまた教授あるいは教職員に一つの大きな弾圧を加えて来た。これが教員をして、自由の教育、自由の研究を失わしめて来たのであります。これは私は大きな間違いであつたと思います。
それだから口さがないともがらは、今の日本には行政があつて政治がないなどと言う。なるほど平和條約案の説明のときにも、條約調印後の報告演説に際しても、総理大臣の演説は事務的説明に終始しておつて、この千載一遇の機会において全国民を感激させるような片言隻句も聞くことができなかつた。歴史未曽有の條約審議を前にして、国民は吉田総理大臣の衷心の叫びに耳を傾けようと待望しておるのである。
目的のためには手段を選ばず、外国の━となり、国内治安の混乱と破壊とをその生命とする共産党のともがらまで味方にして、破れ去るにきまつたこの愚劣なる議会かけひきをなさんとする社会党の指導者たちの政治的良心を疑わざるを得ないのであります。公党は公党らしく、何ゆえに堂々と政策をもつて争われないか。